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毎度!よも助です

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ある日突然 トワエモア わが人生の時の曲その24




代々木オリンピックプール




ぼくは泳げない
小学校にプールはあったが
結膜炎でプールには入れなかった
それも慢性結膜炎でプールの時間は見学と決まっていた
決して詐病ではない
その証拠に小6の時には結膜炎の診断がくだらなかった
水上運動会に出る羽目になってしまった
泳げない連中のために10メートルの距離が用意されていた
歩いても潜ってもゴールさえすればいいいのだ
それならどうとでもなる
他を寄せ付けず圧勝しようとバシャバシャゴチャゴチャやったのだったが
いつまでたっても着かない
苦しくなって立ち上がるとまだ3メートルと進んでいない
他の奴らはみんなゴールしているのだった
ぼくにはそのあとの記憶がない
が、それは昔の話だ
中学高校とプールはなかったから
あれ以降泳ごうとしたことはない
で、ぼくは今代々木オリンピックプールにいる
このサイトに何度も登場した青山杉作記念俳優養成所の同期生
大将と一緒だ
夕べは成城の片田舎大将のアパートでしたたかに飲んだのだ
多分大将が誘ったのだと思う
きのうの酒はしっかりと残っていた
万能感もちゃっきりめっきり維持しているようだ
すっかり成長して大人になったこのぼくの泳げなかった記憶は
宇宙より遥かに遠いことなのだ
泳げる ようになっている
そんな気がした
代々木オリンピックプールが今もあるのかどうかは知らないが
あの時1975年当時深さは一定ではなかった
中心に向かっていくに従い深くなっていった
プールの端4辺のうち1辺はそれでも足が底についた
溺れたらなんとでもしてやるという大将にそそのかされて
ふたり同時にへりを離れた
3メートルも行かないうちに沈み始めた
そしていくらいくら沈んでも足が地に着かない
大将が後ろからぼくを羽交い絞めというかヘッドロックにして岸に引きずっていこうとする
ああ死ぬんだぼくはプールで溺れて死ぬんだ
と深く重く納得しようとするぼくがいた
あとはよく覚えていない
大将の話では
監視員がロープを投げ入れ大将はそれにつかまり
監視員がふたりがかりで引っ張りあげてくれたそうだ
ふざけるのもたいがいにしろ
白髪交じりの監視員は吐き捨てたのことだ
ぼくは大将から離れ屋外に出て日陰を探しそこにうずくまって
寝たふりをずっとしていた
死んだはずのぼくを確かめていたかった
そしてさらに40年以上が過ぎた
大将は3年前建設現場で作業中居眠り運転のダンプカーに突っ込まれ
即死した
時代は変わった ぼくも変わった 老人になった
いつの間にか知らぬ間にぼくの比重が0.1ポイント軽くなり
ある日突然もうすでに今度こそ泳げるようになっている
可能性がないでもない
ただ
それを試す気はない



走る酔っ払いよも助がうたう

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ブルーにこんがらがって ボブディラン わが人生の時の曲その23 




国家にこんがらがって



建付けの悪いこの家に生まれ育った俺は
建付けの悪い身体になってしまった
それでだろう
社会と上手く折り合うことができずにここまできた
俺の言う社会とは世界でありこの世であり
時には組織だったり
そしてどうしようもなく国家だ
年をとればとるほどに
国家という日本語が容れモノが気色悪くなってきた
コッカにゃまったく虫唾が走るぜ
案外ゆがんでいるのは建付けが悪いのは
国家の方かも知れない
もはや修繕不能だ



走る酔っ払いよも助がうたう

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マリリンモンローノーリターン 野坂昭如 わが人生の時の曲その22






イマワノ



キヨシローが死んで何年経ったのか?
で、それとは何の関係もかかわりもないのだが
今は過渡期なのだ
日本があるいはこの地球が過渡期なのではない だって
この世はもうすぐお仕舞いだあ~マリリンモンローノーリターン
なンだから
過渡期なのはぼくだ ぼくの腰だ
前に、腰を左右対称に戻すのだと称して
腰回しをテッテ的にやったことがあった
だがあれは失敗だった
腰回しは立ってやった 腰を支えるのは2本の足だ
その足を支えているのは腰だ
腰で腰を支えながら腰を回したところでナンにもならない
かえって腰部変形性脊椎症を加速させてしまった
腰は自由にさせなければならない
腰の負担を負荷を0にするのだ
なので今は仰向けだ
その体勢で両足を持ち上げると
腰は誰からも後ろ指指されない自由の身となる
そこで持ち上げたままの両足を代わりばんこに
天空に向かって突き上げるのだ
それを毎日3200回やる
効果はてきめんに2ヶ月であらわれた
まず顔面から左右対称に近づいてきたのだ
おかげで男前の初期高齢者がさらに男前になってしまった
それはいいのだが同時に右腰に痺れが生じた
1ト月経っても痺れたままだ
走れないし縄跳びも100回が限度だ
だがこれは腰が左右対称に収まるためのステップなのだ
あくまで過渡期通過点に過ぎない
この世が終わればぼくもなくなるわけで
ぼくは今いまわの際にいるってことだが
それにしたって
ぼくの腰が過渡期であることに
変わりはない


走る酔っ払いよも助がうたう

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