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毎度!よも助です

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マル田バツ子に振られたあとの春休み金沢京都と歩きました


嵯峨野めぐり
 
ひとりだったから歩いたんです
話しかけられる人などいないから急ぎ足だったんです
足が痛いなと感じてもただ歩くしかなかったんです
高山寺の参道も大覚寺の境内も風のように通りすぎたのでした
どこかに腰をおろして一息つく、そんな余裕はなかったんです
のんびり歩くのが苦痛なほど、ぼくはいたたまれなかったんです
足に肉刺ができ破れそれでもまだ歩いたのに
バンドエイドを買って貼りそれからもまだ歩いたのに
ひとりだったから歩いたんです
駆け出しそうになるのをぐっとこらえて急ぎ足だったんです

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上京したら家計簿をつけるのだとぼくは秘かに張り切ってました


雑詩週間東京    昭和49年6月29日号
 
<月>どうしてこんなに人がいるんだ、すべての車両が人で埋まってるんだぜ
電車は五分置きに来るんだぜ、線路は無数にあるんだぜ
地球上の人間がみんな集まっても、こんなことありえないんじゃないのか
<火>一つの車両に何人いるんだ、百人ぐらいかい?
みんな知らん振りだぜ、俺だって知らん振りさ、知ってる奴なんて一人もいないんだからな
目の前におふくろがいても知らん振りだったりなんかしちゃったりして
<水>来る電車来る電車満員じゃねえか、一千万個ののっぺらぼうの顔
でもそれぞれが一つの空間を持ってるわけだろ?百個の空間の押し合いへし合い
えっ、どうだい、俺ののっぺらぼう振りは、俺の空間は他の奴らのより魅力的かい?
<木>アパートは蒲田だぜ、会社は萱場町だぜ、給料は五万六千円
上京して三ヶ月、一週間前堀の内で男になった
夕べはコロッケを買いポテトサラダを作って食べた
<金>女を見れば触りたくなる、ある種の女を見るとオートマチックに勃起する
ある種の男を見ると殴りたくなり、ある種の年寄りは蹴飛ばしたくなる
一ヶ月前、初めて入った店で右翼の男に殴られた、絡んだそうだが覚えちゃねえな
<土>西銀座デパート前の広場で浮浪者風の男が酔っ払って何か喚いているが聞き取れない
誰もその男に関心を払おうとはしない、俺にはそのエンギが鼻についた
今日は半ドンで昼飯にビールを四本飲んだ、ワンカップ片手に酔っ払いを見ていたわけだが、エンギなんかじゃなかったようで、ベンチから崩れ落ちるようにして寝ちまったぜ
こらえ切れずに花壇に向けて放尿する、誰もこっちを見なくていいぜ、立小便はエンギだがこの小便は本物だもんね
<日>どうしてこんなに人がいるんだ、日曜日だっていうのによ
えっ、何だって俺は電車なんかに乗っかってるんだ、仕事はもちろん休みさ
満員電車に化かされちまったのかな、俺はどこへ行くんだい?


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どうか世界中が平和でありますように

   

ぼくの使命


その昔<新芽ちょうだい新芽ちょうだい>
と マイケルジャクソンの妹の物真似が得意なお笑い系の女が歌う
砂糖入りの緑茶を販売する会社とタイアップした
田園歌謡ลูกทุ่งがあった
ぼくにはそれが<指名ちょうだい>としか聞こえず
タイでもバーキャバレーお風呂関係者各位は指名確保に
躍起なんだと同情した
そこでぼくの使命だが
どこそこのお風呂へ行ってだれそれを指名することではない
はっきりいってどんな風俗に飛び込もうが行き当たりばったりの
でたとこ勝負 それがぼくのポリシーだ
そこでぼくの使命だが指名はしないということではなく
いささかなりとも物を考えてみようってことだ
50をちょっと過ぎるまで酒に飲まれて溺れしがみつき
考えることを放棄棚上げしてきた
最近それはちくともったいないと感ずるようになった
せっかく生まれてきたのだから おれたちはどこから来てどこへ行くのか
思考錯誤したところで 罰はあたるまい
と思うのだがその答えは歴然としてある
健一とサダ子のはめっこの結果偶然にぼくは生まれ
死んだらハイそれまでヨ だ
へったくれから来てくそったれへ行くのだ
が、つらつらとつづらおりにだいいちいろはざかだいにいろはざかと考えあげれば
何かしらの変異変態を起こさぬとも限らない
さてそこでぼくの使命だが 余命ある限り
張ったり取ったりかまして唱え
益体もなく祈り続けることだ
 

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田中小実昌とぼくの共通点は勤勉,じゃなかった頻便であることです


ポロポロ
 
ぼくは枕をしない、畳の上に、あるいは床に直接、時には大地に、毛布一枚拡げてあお向ける、大の字がぼくの究極の寝姿だ
ぼくは寝返りを打たない、踝で大地を抱え、尾骶骨で交わり、脊柱でそのエネルギーを感じるために
枕は高すぎても低すぎてもいけないとテレビが言った、低すぎると血が頭に滞り顔は浮腫み脳内出血の遠因にもなる、そこで理想の高さを論じていたが枕にゃ端からそんなものは存在しない
枕がなければ、頭に溜まった血は後頭部から大地へ流れ込み地球の深淵を廻りリフレッシュして土踏まずに帰ってくる
貨幣経済以前、人類は枕を持たなかった、夜毎よごとに金銭の勘定をせざるを得なくなってヒトは頭を高くしないと眠れなくなった
確かに大地にすべてを委ねた姿勢は金儲けの算段には不向きだ
と言って、ぼくは枕を侮る者ではない、本を読む時は枕を二つ重ね上の方を更に二つ折りにする
そして、今生きてるということに、ここに在ることに、刹那のない永遠/つまりは死の恐怖に
耐え切れなくなってしまった時は、枕を懐に強く強く強く抱きしめ
ポロポロ、ポロポロ、ポロポロと
意味にならない音声をこぼし続ける

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六方沢と華厳の滝は自殺の名所です

もっと歩けばきっと
 
 
またまた自転車をなくしてしまったので 歩いている
チェンマイ滞在はあと二ヶ月だけなので買うのもなんだし 歩いている
タイ人はタイに住む日本人の大半は十メートル先のコンビニへ行くのにもオートバイを走らせるが
ぼくも百メートル先のコンビニまで自転車を漕いでいた
今は
市営グランドへ走りに行くときも
健康公園へ縄跳びに行くときも
市場へ買出しに行くときも
歩いている
「くだんのくだる」という飲み屋兼食堂へ行くときも
気がつけばそこは病室だったという料理好きの男のところへ行くときも
歩いて行く
酒量にも酔い方にも変化はないが 自転車の時より
心が若干余計に弾む
ロシアの農夫の病気に
ある日突然鋤を放り出し地平線に向かってひたすら歩き続けてしまう
というのがあるが
農夫は仕事が嫌になったのではない
地平線に沈む夕日を手にしてみたくなったわけでもない
ただ歩きたくなったのだ
歩き出したら止まらなくなったのだ
ぼくも十年位前起きたら無性に歩きたくて霧降高原よりずっと向こうの六方沢まで行ってしまったことがある
つまり上はTシャツだが下はパジャマ着のまま往復二十二キロを朝飯も食わずに歩き通したのだ
ついでに自慢するがぼくの家と六方沢の標高差は六百メートルだ
その昔高田渡や加川良なんかが
いくら歩いてもいくら歩いても 悲しい気持ちは変わらない
ああああ まっぴらさ
と歌っていた
だがこれはあくまで若い時だけの話だ
年をとれば悲しみなぞという屁にもならない感情は三こすり半で 否
三歩と半歩でズボンの裾からこぼれ落ちる
年寄りには人生に飽いたわけでもないのに
ふさぎこむしかないときが飽かずにやってくる
そんな時こそ歩くのだ
歩いて歩けばふさぎの虫は死んだふりをしてくれる
もっと歩けばきっと
思い出し
笑いを
するだろう

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