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毎度!よも助です

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マーロンブランド男たち 好きな男優と作品その1




飛び火
 
 
自分で言うのもなんだがガキの頃の俺は繊細だった
研ぎ澄まされた感受性の持ち主だった
一週間に一度は死の恐怖にのたうち回っていた
大江健三郎は「芽むしり仔撃ち」の中で
内臓の押し合いへし合いとその恐怖を表しているが
内臓の外壁と皮膚溜まりの内壁の押し合いへし合いとした方が
的確な気がする
そいつは外壁と内壁の隙間を絞り上げるように
這いずり回るのだった
無論のことその恐怖は脳みそなんかで汲み取れるものではない
俺が小学三年の頃
アメリカの飛行機が北ベトナムに
枯葉剤を撒かない日はなかった
ナパーム弾を落とさない日もなかった
午後の六時台俺んちはNHKを見ることになっていた
天気予報が終われば七時のニュースになる
トップニュースは九分九厘アメリカによる北爆だ
俺はそれを見るのがイヤで素早くチャンネルを替えようとする
意地悪な二人の姉はそんな俺を面白がって押さえつけにかかる
時々俺は泣いてしまった
ベトナムの人に同情しかわいそうで泣くのではない
戦争が拡大し巻き込まれるのが怖くて泣くのだ
同じ頃東照宮の鳴き龍の入った建物が焼けた
明るくなった空が二キロ離れた俺んちの窓からも見えた
こん時も泣いた
鳴き龍の火が飛び火して俺に乗り移り焼けただれるのが怖かったのだ
飛び火といえば俺が二十四五の頃か
新宿歌舞伎町の昌平という中華料理やで出前のアルバイトをしていた時だ
飛び火になった
最初は額にバンダナなんかを巻いていたがそれじゃぜんぜん追いつかない
抗生物質で一発と聞いて病院へ行った
どうせ行くならと信濃町にあった厚生年金病院に行った
マル田バツ子がそこで働いていた
そのあと西新宿の角筈クリニックというところに移ったらしい
だがそれはあくまで噂だ また聞きだ
まだそこにいることも考えられないことではない
この年になって飛び火だなんてまだ俺が少年の心を持っている証拠さ
決めゼリフも用意していたが奇跡は起こらなかった
これってストーカー行為ではないはずだ
飛び火は一晩できれいさっぱり消え失せた
六十二歳の今、俺の感受性は月日の流れに擦り減り鈍麻し
使い物にならなくなった
死の恐怖に襲われるのも一年に一回程度で
長く続くこともない
幼かった頃は、それが永遠に続きどうにかなっちまう
新たな怯えに震えあがり
風呂場に駆け込んでは何べんも何べんも顔を洗ったものだが
当たり前だがあした死ぬ可能性は昔より今の方がはるかに大きい
そのくせ金もないのにのっぺりと快適に一日を送れるのは
すっかり麻痺してしまった感受性のお陰だ
つくづくありがたいと思う


走る酔っ払いよも助がうたう

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梁石日めぐりくる春 好きな小説家と作品その10 




俺は一休〔いっきゅう อิคคิว〕だ
 
 
俺はよも助だが一休でもある
タイのチェンマイのタイ人たちは俺を一休と呼ぶ
ちょっと前まではその辺を歩いていると
あっちこっちから一休と声が掛かったものだ
ちょうど二十歳の時半年間だけ俳優の養成機関にいたことがある
仲間たちは俺をトニーと呼んだ
なぜ彼らは俺をそのように呼ぶのか 呼んだのか
一休と呼んでもかまわない、っていうより呼んでほしい
いくら俺だってトニーと呼ばなきゃぶっ放すぜ
とかなんとか俺自身がお願いしたからだ
どんなに底意地の悪い男でも
凶悪な前科持ちの女でも
他人様からこんなふうに呼んでもらいたいのと頼まれて拒否する
奴はまずいない
~そのフクダさんていうのなんかおかしくない?
ある時マル田バツ子が言った
~じゃあなんて呼べばいいの
と俺は聞いた
~そうね、うーん、やっぱりフクダさんでいい
俺は一度たりともマル田バツ子を
フクダとかレイコさんとかレイちゃんとかレイコとか
呼んだことはないし呼んでみたいと思ったこともない
フクダさんで十二分に満ち足りていた
一休と所かまわず親し気に声を掛けてきた
9割がたは女だ
その半分に見覚えがなかった
といってうろたえる必要はなかった
彼女らの身元は割れている
間違いなく風俗関係の店に従事している方々だ
10年ひと昔、50を少し越えるあたりまで
そうしたところへ足繁く通った
我を忘れるくらいに酔わなければそういったところへ
足が向くタイプではない
彼女らを思い出せないのはそのせいなのだ
ただこの5、6年2回の例外を除けばそうした店には
行っていない
行っても意味を為さなくなったからだ
おかげで一休と呼び掛けてくる者たちも
いなくなった
気がつけばタイ人のともだちもどこかへ
いなくなった
ここらが潮時だろう
今回の滞在を最後にチェンマイは

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藤沢周平獄医立花登手控え 好きな小説家と作品その9




文通
 
 
ぼくの初めてのデートの相手はマル田バツ子ではない
文通相手のMさんだ
高校1年の夏休みだった
送り付けた「しあわせ」という詩が「小学6年生」の4月号に載った
13人の女と1人の男が文通しましょうと言ってきた
その中の4人と文通を始めた
Mさんとだけ1度長い中断はあったがずっと続いた
そろそろ会いましょうかとなった
話が少しそれるが浦山桐郎の「私が棄てた女」の中での
主人公と棄てられる女のそもそものなれそめは確か文通だった
Mさんは千葉県市原市東国吉に住んでいた
どんな道順でどのように電車を乗り換え行ったのかは忘れた
待ち合わせた駅も覚えていない
ぼくはMさんに手渡そうと刷ったばかりの詩集を持っていた
何度か述べてきたように高校に入ると詩集を作り始めた
わら半紙にガリ版刷りしたものなのだが「やぶれた風船」と称した
2冊目のやつだった
結局ぼくはそいつをぎゅうっと丸めて背もたれと座席がくっ付き合う
あの隙間へ強引に捩じ込んだのだった
なぜ、そんなことをしたのだろう
読んでもらうのがイヤになったのだろうか
そんなことはない、詩ができれば手紙の最後に添えていた
あまりにもちんけなモノなのでみっともなく感じ出したのだろうか
でもそいつを商品として堂々と売っていた
捨てるならなぜホームとか車内のゴミ箱に放らずにあんなところに押し込めたのだろう
今考えてもさっぱりわからない
文通を始めた頃Mさんの修学旅行の写真が送られてきたが
集合写真だし何年も前のものだ
自然の摂理として想像を膨らませることになる
電車からホームに降り立ち辺りを見回すぼくにおずおずと
近づいてきた女はそのイメージとかけ離れていた
じきに文通は終わるだろうと瞬時に予感した
それは相手も同じだったろう
ナントカ城址公園を歩きどこかに座ったが
昼飯は食ったのかどうか
どこでどんなふうにバイバイしたのかキレイに覚えていない
ぼくは今も昔もファッションに興味を持てない男だが
あん時の服装は目をつぶってもくっきりと甦ってくる
我ながらダサい恰好だった
Mさんはぼく以上のたくろうファンでもあった
Mさんに会う前のぼくは
彼女と連れ立ってたくろうのコンサートを聴きに行くプロセスを
幾通りも夢想したものだ


走る酔っ払いよも助がうたう

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角田光代ツリーハウス 好きな小説家と作品その8




巻頭のことば
 
 
ともだちを脅迫して詩を書かせ「日向没弧」という
同人誌を出したことはすでに言った
それは4号続いたが何かが欲しいと巻頭に
惹句らしきものをひねりだした
僭越ながらそいつを披露したい
1、およそ白人の皮膚の色はおおよそ薄いピンク色をしている
2、この自動車がすべて自転車と化しみんながペダルを
  踏ンダラシャバダバdiscoverjapan
3、金金降れ降れかあさんが今でもくれるよお小遣い
  感謝感激雨霰!
4、あしたあさってやなあさってばいばいさらばいぐっどばい
  さよなら日高さらばじゃ日光

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三浦哲郎夜の哀しみ 好きな小説家と作品その7




年頭に当たって
 
 
ぼかあこれで63回目の新年を迎えたわけだが
まあとりあえず年が明けるということは1年があるからだろう
1年というモノが存在しなかったら
年が暮れることも明けることもない
1日が終わったり始まったりするのも
同じ原理システム理屈によるものでけして屁理屈ではない
ぼくの頭がまだとろけきってないのなら
1年は地球の公転で生じ1日は自転で生まれるはずだ
そして多分月は15日か30日をかけ地球を1周するのではなかったか
原始時代のぼくたちは自転も公転も形が丸いってことも知らなかった
でも1日は1年は歴然としてあった
1年が約365日とは知らなくても言葉がなくったって
1日という概念はあったろう
もし1日が3時間だったり53時間だったり1日1日がまったくの
でたらめだったとしてもぼくたちは生きてこれただろうか
ぼくの半分以上とろけてしまった脳みそでは
いくら考えてもわからない
流れ星にあしたはないのだろうか
何かの拍子で地球が流星になっちゃったらもうぼくたちは
生きていけないのだろうか
そうだとしたって過去と未来はあるのではないか
タイムマシンタイムトンネルタイムスリップ
3次元4次元
こいつらいったい何なんだ
バカなおいらにゃお手上げだ
アホなおいらは屁理屈を捏ね回すことで
どうにかこうにか生きてきた
であるからして屁理屈で締めくくる
時は1秒1秒1日1日必ず過ぎていく
ぼくはそう認識している
過ぎ去った過去を取り戻すなんてことは逆立ちしたってできっこない
人は生まれ落ちた瞬間に降って湧いた時間を次々と
切り落とすことで生きていく
与えられた寿命を1グラム1グラム切り捨てながら生を営む
人生が捨て去ることでしかないのなら 俺はそう思うが
俺たちに怖いモノなどないではないか


走る酔っ払いよも助がうたう

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