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毎度!よも助です

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外国で始めて泊まったホテルはバンコクのマレーシアホテル近くにあったプライバシーホテルです


インドへ



はじめての海外旅行インドへはバンコク経由で行った
廃校を利用した宿泊施設遊学舎のバイトで知り合ったコーローさんに
インドはよもさんのためにあるような国だ行けば必ずハマルとそそのかされたのだ
パートナーのミサトさんはインドにいる日本人でコーローを知らない人がいたらそれはモグリよと言った
そのコーローさん一家とカルカッタで別れブッダガヤへ移動した
開口一番俺はムスリムだと宣言したナシムは
おまえは日本人か?これから街中へ行くんだろ?だったらこれに乗れ
と彼が雇ったリキシャにいざないおまけに宿まで見繕ってくれた
渋谷新宿池袋と言いながら近づいてきた唇がやけに分厚い少年ヒラムは
ワタシプロのガイドねワタシアンタが気に入ったただでガイドしてやるお礼はいらないお金もいらない
とその唇をブルブルさせた
二人の親切の押し売りをぼくは拒否することができなかった
ナシムはオクサン殴るネ拳骨で殴るオクサン別れたいけどナシムそれ許さない
とヒラムが言った
日本へ行ったことがあると奴は言っていなかったか?でもそれは大嘘だ奴の言うことはみんなデタラメだ奴の日本語はこの俺が教えたのだ
とナシムは言った
ナシムがぼくに向かって日本語を発することはなかった
君の日本語の先生はナシムなのかと聞いたがヒラムは否定も肯定もしなかった
二人に挟まれ身動きが息継ぎができなくなり予定を早めベナレスへと急いだ
バックパッカーたるもの貧乏旅行でなければならない
コーローさんの教えに従い宿は安いのにした 当然トイレシャワーは共同になる
それが失敗だった
尿意を覚えても便意を催しても部屋の外に人の話し声が聞こえると人の気配を察すると出て行くことができなかった ギリギリまで耐えた
ぼくはノーと言えない日本人だった
そのせいで物乞いの五六歳の少女はぼくの右手の小指を握ったまま迷路のような湿った細い路地を五分間も一緒に歩く破目になってしまった
ハマルどころではなかった 浮き上がっていた
向こうから来る日本人を認めると路地に折れたり店を覘く振りをしてやり過ごした
すれ違うしかない時は顔をそむけた
それなのにインド人のひとりひとりが日本人の誰それに見えてくるのだった
あっちから歩いてくる彼は渥美清を丸くしたような顔だとか
そっちからくる彼女は沼尻さんちのスミちゃんに瓜二つだとか
半年のつもりだったが二週間で引き返すことにした
精神に異常をきたしてしまったのだから仕方のないことなのだと言い聞かせた
一年のオープンチケットはコーローさんが準備してくれたが帰りの便は自分で予約しなければならない
旅行代理店や航空会社の事務所をあっちに行きそっちに行き疲労困憊した
空港では右往左往した アライバルが到着で出発がデパーチャーとは知らなかった
現地で必要に迫られ英語を使っている現場にたまたま居合わせた日本人の一人は
君の英語は片言以前だねと言った
またある男はその英語で海外をうろつくとはいい度胸だせいぜい日本人の評判を落とすがいいと吐き捨てた
一刻も早く日本の地を踏みしめたかった そしてもう二度と外国になんか来るものかと呪文のように唱えるのだった
乗り合わせが悪くバンコクで三泊しなければならなかった
最後の日になった 23時発の成田行きに乗る
宿に頼み20時に空港へのタクシーを予約した
それまではめしを食うにも散歩するにもなるべくホテルから離れないようにしていたが最後だからと歩いて20分のシーロム通りエリアに遠出した
ロビンソンデパートの中にあった成田という日本料理店でカツ丼を食い腹ごなしにチャオプラヤー川の方に歩き出した
向こうから来る女と目が合った その二秒後にはぼくはいきり立っていた テントを張るといった生やさしいレベルではない そいつは天に向かって屹立し下腹に張り付いたのだ
女が接近してくる
!!ホテルを知らない?@@@@ 確かこの辺のはずなんだけど 聞いたことない?
@@@@ わたしはシリーよ あなたは? ヒデオだ わたしは23 ヒデオは? 29だ マレーシアから来たの クアラルンプールのクラブで歌ってるの
いつのまにかシリーはぼくの腕を取っていた ぼくはシリーの横を歩いている
ねえヒデオ時間はある? ないことはないと答えたかったがとりあえずイヤーとだけ言った
ホテルの下がコーヒーショップになってるの 何か冷たいものでも飲まない?
シリーはぼくの返事は待たずにさっとタクシーを止めると中にぼくを押し込むのだった
ボッキを覚られまいとともだちから餞別にもらった刺繍を施した布製の肩下げ袋を股間に載せる だがシリーの左手はバッグを潜り抜け太股を伝いぼくをナデナデするのだ 首に回した右手は左の耳穴をホジホジするのだ 唇が首筋を這い這いするのだ
ぼくだってバカではない これは普通じゃないと思った この辺のはずのホテルに行くのにタクシーを止めるだろうか いや迷ったから止めたのではないか
それにしても一言の英語も話せないのに何故シリーの言うことは聞き取れてしまうのだろう
まさかナシムの話していたのがヒンズー語でシリーのがマレー語ということはあるまい
ついさっきもシリーはぼくの耳たぶを齧りながらヒデオはベーリービューチフルと言ったのだ
着いた所はどう見てもホテルではなく連れ込みモーテルだった
タクシーに乗っている間ぼくはずっと立ちっ放しだった そしてあと三日は萎えそうにない
どこからか現れたボーイが一室に案内する
中に入るとシリーはあっという間に一糸纏わぬ全裸となった ウエストにくびれはほとんどなかったが臍周りも股の付け根もどこもかしこもはちきれそうだった そのオッパイはまるでリンゴを手にした麻田奈美だ
シリーがぼくのTシャツを脱がしスウェットパンツをずり下げる
ここで少し説明する
出発前貴重品をどこにしまうかで悩みに悩んだ 出した結論がサポーターだった
膝用の長いサポーターを二つ折りにし中に入れ折り返しをホックで留め膝の下につける
だからズボンは出し入れがしやすいようにGパンでも綿パンでもなくスウェットパンツにした
シリーの手がサポーターにかかる ぼくはノーと唸ってシりーの腕を振り払う
こんな成行きは想定外だった これでは貴重品の在り処を教えているようなものだ
シリーはサポーターにはさほどの執着を見せずぼくをベットに押し倒す
そうだったわ コーヒーでも飲みましょう
部屋の電話でコーヒーの注文をすますとぼくに乗っかかってくる
と部屋がノックされた
シリーが裸のまま部屋を開けると入って来たのはコーヒーではなく背の高い痩せこけた女だった
あらケイじゃないの ヒデオこれはケイよ わたしのともだち ケイ彼がヒデオよ
シリーが早口でまくしたてる
ハーイヒデオ
とケイも一糸纏わぬ全裸となった
こうなったら三人で楽しみましょうよ
と言ったのはシリーだったかケイだったか
ぼくだってアホではない これは100%変形性の美人局と判断した
起き上がってパンツに足を通す
それを見たケイがすごい勢いでぶちかましにきた もろ差しでがぶり寄りしさばおりの
体勢のままベットへ押し倒す
シリーがパンツを引っこ抜き唇で膝小僧を踝をついばむ
ぼくはイヤイヤでもするように首を振り
身体をよがらせる
ケイの体が離れた
わかったわ ヒデオはわたしがキライなのね シリーの方がずっと美人だものね いいわ二人で楽しめば わたしはシャワーを浴びる
と浴室へと消えた
ケイに代わってシリーが跨がってくる シリーは重たかった シリーの口がぼくの口をこじ開ける 上の前歯の一本が軽度のみそっ歯だった
舌と舌とが絡み合う 陰毛と陰毛とが縺れあう イキそうだった 早く入れてくれよと叫びたかった
膝に異変を感じシリーを払いのけ起き上がった時にはすべてが終わっていた
床にパスポートがチケットが現金が散らばっている すでに服を纏っているケイがハンドバックに何かをいれた シリーがブラジャーをたくし上げている
ぼくもTシャツに頭を突っ込みながら散らばった物を寄せ集める
何しているのよ ヒデオは慌てなくたっていいのよ
ケイかシリーが言った 慌てないわけにはいかなかった この上ここの部屋代まで請求されたらたまらない
二人と競うようにして部屋を出る
二人は入口に止まっていたクルマに乗り込み何処かへ去った
パスポートとチケットを確認する かき集めた現金は十ドル紙幣が一枚と五ドル紙幣が二枚だけだった スウェットパンツの六百バーツは無事だった
そこがどこなのかまったくわからなかった
タクシーを止めるしかなかった 三輪タクシーに交渉すると百バーツだった 宿の女は空港までの車代は二百と言っていた 何とかなりそうだ
ホテルに着いたが20時まで4時間20分あった
1mmたりともハメていないのにハメ盗られた50万円を少しでも回収しようと
シリーの肢体を思い起こし みっちりと身の詰まった尻の感触を反芻しながらタイ語で言うところの凧上げをした
二十三時の飛行機は台風の影響で飛べず一晩ホテル待機となるのだがそれはまだ先の話だ
凧上げは二度した

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サントリーレッドの青春
 
 
高校二年の冬だった
三学期が始まってから、昼休みに校舎を抜け出し近くにある真ちゃんの家でビールを一本飲みながら弁当を食うのが慣わしになった
といってもその日が三度目か四度目だったと思う
ないと冷蔵庫を開けた真ちゃんがいった、ゆうべはあったんだ、おやじが飲んじゃたんだな、真ちゃんのビールじゃないもんな、サントリーレッドならある、うーんレッドか
ぼくたちは時間を惜しむように弁当を食いウイスキーを空けた
五時限目はサッカーだ、真ちゃんとは同じクラスだがコースが違うので授業は別になる
ぼくはサッカーが得意だ、だがその日は散々だった、いったい何度転んだことだろう
六時限目はリーダーだった、チャイムが鳴ってから五分くらいで異変に気付いた
あとからすれば担当のワタベ先生が来なかったのは幸運だったが、そのことが異変なのではない、吐きたくてトイレに行きたいのに体を動かすことができないのだ、ぼくは机にひろげたリーダーの教科書に突っ伏している、こらえきれずについに吐く、これはえらいことだと必死にすする、半分ほどすすったところで力が尽きた、吐き気はとめどなく襲い、ゲロは教科書を乗り越え机上に溢れた
ぼくは便所の個室の壁にもたれている、扉は開けられたままだ、ここでも吐いたのか学生服の胸が嘔吐物で汚れている
ヨモギタくん、ここに食塩水置きましたからね、吐いたあとは塩水のうがいが一番いいんだからという中年女の声がする、おそらく保健室のサイトウツヤ先生だ
オーシャンに抱きかかえられるようにして教室を出たのはかすかに覚えている、ここに来る前オーシャンとぼくは保健室に寄ったのだろうか
終了のチャイムを壁にもたれた姿勢のまま聞く、掃除当番だろう、男が二人不思議そうにこっちを見ている
そこへオーシャンが飛び込んできた、真ちゃんも一緒だ
二人の肩を借りて引きずられるようにバス停へ歩く
酔いが一気に噴出したのだろう、バスの中でぼくは大声で喋り散らし二人は黙らせるのに大変だったらしい、ぼくが使っている机とその周辺の後始末をしてくれたというノトヤさんも乗っていて、ぼくは何度もしつこく絡むようにお礼を言ったのだそうだ
東武日光駅待合室のベンチに連行される、酔い覚ましだ
これで匂いを消すんだとガムを買ってきてくれたのは真ちゃんだったかオーシャンだったか
フクダレイコがタケザワとつき合ってるの知ってるかといったのはオーシャンだったか真ちゃんだったか
フクダさんとは二ヶ月前に振られるまで三ヶ月ほどつき合った、なぜ振られたのかいまだにわからないが、二股かけられていたとは思わないが、思いたくないが、それにしても少し早すぎはしまいか
そろそろ帰らないとと二人は何度かいった、その都度ああだこうだと引き延ばしてきたがもう限界のようだ、外は真っ暗になっている、二人はカバンを学校に置いたままだ
ふらふらと歩き出したぼくの後ろを二人は連いてくる
前から来た車に向かってさっと走りカシアス・クレイ張りに蝶のように舞おうとしたらよろけた
車がクラクションを鳴らす、二人が同時に腕を取る
何やってんだよ、轢かれたらどうすんだよ、ああ~、何がああだよ、うう~、ったく
そこを曲がればもう家だというところまで来た
いいか、家に入ったら具合が悪いとかいってすぐ寝ちまうんだ、あした一番でカナイ先生に謝るんだ、昼に飲んだなんて言っちゃだめだぞ、二日酔いってことにするんだ、前の日に酔ったおやじに無理やり飲まされたって言うんだと真ちゃんがいう
ほらとオーシャンがぼくの学生カバンを寄こす、ありがとな、オーシャンは飲んでないのにな
ほんとだよ、何をどう詰め込んでくれたのかパンパンに脹れている
まいった、急に冴え醒めてきた頭で呟きながら玄関のガラス戸をそっと開ける、そして真ちゃんにいわれた通り、あのさなんか調子わりいからもう寝っからと茶の間に方に声をかけ、吐寫物をところどころにこびりつかせた学生服のまま、深くベットにもぐりこんだ

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明日に向かって撃て サウンドオブミュージック マッシュ ミリオンダラーベイビー 灰とダイヤモンド 以上ベスト10の前半


淀川長冶に愛を込めて
 
 
日光劇場、通称日劇が火事で焼けたのは大ニュースだったはずだが、ぼくにはこれといった記憶がない、家族して日劇へ黒澤明天国と地獄を見に行った時、ぼくは覚えてないのだが、帰んべもう帰んべよー、と泣き喚くので上映途中で帰る破目になったのだそうで、それからぼくは映画が嫌いということになった
年に何回かの小学校の映画上映会の時は、映画を見ると気分が悪くなると言って、講堂の板塀に寄りかかり地面を蹴ったりして時間を潰した
日曜洋画劇場の放送が始まったのは中学に上がる前だが、下の姉に合わせてぼくも見るようになった、仔鹿物語アラバマ物語にはいたく感激した、その頃どこかのテレビ局が何の前触れもなしに、といってもぼくが知らなかっただけなのだが、真昼間に禁じられた遊びを流した、冒頭の空襲シーンには度肝を抜かれた
ぼくが嫌いなのは暗闇で映画ではなかったのだ
下の姉はスクリーンを愛読していた、ある時あるページを開き、そこには女優の顔写真が50ほど並んでいたのだが、この中から二つ選べと言った、ぼくが選んだのはバーバレラの頃のジェーン・フォンダアン・マーグレットだった、思った通りだいい趣味してる、と二人の姉は喜び合った、それからは好きな女優はアン・マーグレットと公言するようになりいっぱしの洋画ファンになった
ララミー牧場の頃は気持ちが悪いだけのおっさんだった淀川長冶が知らぬ間にかわゆく見えてきた、彼のラジオ番組を聴きだしてからは病みつきに、否、ぼくの師匠になった、淀川長治が褒めた作品をけなすような評論家の書くものは二度と読まなかった、師匠の言葉は一言も聞き逃すまいとチュウナーをつまんだまま必死に聴いた、東京に出てきてなにがうれしかったかといえば、雑音のないラジオが聴けることだった、あえて嫌いな表現をするが、淀川長治のラジオで何度生きる勇気をもらったことか
ぼくが自分の意思で小遣いで最初に見た映画は、宇都宮メトロ座にかかった雨の訪問者シシリアンだ、中学二年の時だったがその日は雨降りで、学生服に長靴といういでたちで日光は東武駅前のほていや旅館の玄関に立った、と、それを見た女将が、あら、カッちゃん、ヨモギタさんは学生服よ、と言った、それを聞いたほていや旅館の息子は部屋に取って返し学生服に着替えてきたのだった、この後はほていやの息子に余分な手間を取らせては申し訳がないと私服で出かけるようにした
大脱走は今市東映で見た、高校入試の前々日で小雪のちらつく底冷えのする日だった、場内のど真ん中で七輪が真っ赤に音をたてていた、客は10人いたかどうか、翌日ほていやの息子は38度の熱を出したらしいが、試験は無事通った
案の定今市東映はつぶれ長い間放置されたままだった、どうも気になるので少し気合を入れ事務所兼物置といった部屋に侵入を試みた、机に大正末期昭和初期のキネマ旬報が山積みになっていた、見過ごすわけにはいかなかった、ほていやの息子と山分けにし読み終わったところで交換した
我が生涯のベストワンは明日に向かって撃てだ、これも宇都宮でほていやの息子と見た、その前の日にカトウマサジが近寄ってきて、あした宇都宮へ行くんならこれ使えばいいべ、と鶴田宇都宮間の切符をくれた、マサジに従いそれを使って捕まった、駅員はねちねちしつこかった、正規の運賃を払えばそれで済むと思ったのだが甘かった、日光宇都宮間の往復料金の3倍の金を寄こせというのだ、どう決着がついたのかは覚えていない、親に知らせるぞ、学校に連絡するぞと脅迫し、家の電話番号や担任の名前はては家族構成まで聞き出すのだった、余程暇だったのだろう、一時間過ぎてもまだ駅員は喋り続けていた
ほていやの息子が気がかりだった、ぼくがキセルしようとしていたことを彼は知らない、もしあの時携帯があったなら、先に行ってくれとメールしただろう、ほていやの息子は辛抱強く待っていた、そして信じられないといった顔でぼくを見た
というわけで、館内に入るとポール・ニューマンが後ろ向きで自転車にまたがっていたのだ
生涯のベストワンが上映途中から見た映画だなんて赤い顔して赤面しちゃうが、師匠!どうかお目こぼしを
淀川長治の晩年はホテル住まいだったが、彼の文章は歳を取るほどに凄みを増し縦横無尽になっていく、淀川長治自伝上下はジャンルを超えた比類なき傑作である

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ぼうさんの本名は仙子と書いてのりこです


パパラギ
 
電話を使わず手紙のやりとりだけでデートを段取りする細々としたつきあいが三年以上続き、どちらからともなく連絡が途絶え三年近く経った頃、彼女から借りっ放しになっていたパパラギというちいさな本が引き出しの奥から姿を現した、これは啓示だと思った
早速便箋に六行ほどの文章を添え送り返すと、日を置かず彼女~電話と彼彼女という表現は嫌いだと二人の意見は一致していたのでここでは便宜上ぼうさんと呼びます~日を置かずぼうさんから返事がきた、実は新婚ホヤホヤなのですとあった、五十を機にそれまでの日記ととってあった手紙は燃してしまったからここにその内容を再現はできないが、ぼうさんは結婚に失敗したのだと思った、その手紙はぼくに救いを求めているのだとしか読めなかった
104番に問い合わせてみると世帯主の下の名前まで分からないと番号は告げられないという、一時間半電車に揺られ手紙にあった何とかコーポを探し当てだんなの名前を確認した、その三日後に電話し会いたいというとぼうさんはやってきた
燃す前にぼうさんからの手紙は一通り目を通したのだがもう何も覚えていない、意外な気がして唯一記憶にあるのが、この前はつまらない映画で不愉快な思いをさせ済まなかったという一節だ、確かにぼうさんの選んだ映画は退屈だったがそんなことを気にするタイプには見えなかった、たとえ気にしたとしてもそれは自分の腹の中に収めておくタイプの人と考えていた、ぼくにはぼうさんのほんの一部しか見えていなかったのだ、だがそのことは人が人と出会って別れるのに、人が人を好きになるのに何の不都合にもならない
一目見て、ぼうさんは不幸な結婚などしていないと悟った、ぼくに助けなど乞うてはいなかった、腰が引きかけたがひるんでは悔いるだけと言い聞かせた、乗りかかった船だ、用意してきたセリフは全部ゲロして楽になるのだ、一回やりたい、やらせて欲しい、やった後の責任は持てない、やって何を感じどう思いどのような行動をとるかはやってみないとわからないから、やって何かを感じ何かを思い思った通りに行動したい、やれば視界がぱあっと広がる気がする
勝手極まりないセリフだがぼうさんが怒ったかどうかは分からなかった、そういうものにはタイミングがあると思うとぼうさんは言ったのだ、それからいくつかの会話をし店を出て横断歩道をひとつ渡って別れた
右側に去っていったぼうさんを見送って二十七年が過ぎたきょう、ぼうさんの顔を思い浮かべることができない、肌の色とか眉の形目の輝き口の在りかた、ひとつひとつなら何とか覚えているのだが、一つに像を結ばない、人の顔になってくれない、ぼうさんの写真は一枚も持っていない、写真って人の顔を忘れないためには便利なものなんだなあ
ただ、会うと肩から提げていた入り口の広い逆台形の少し大きめのバッグの柄と色は今も目にやきついている

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この詩はパヤオ湖を見渡す屋外酒テラスで昼前から飲み始めデッチ挙げました


五十路の恋路
 
まだ明るいうちに
右の眉根の白毛が二本から三本に増える前に、カメがウサギに追い抜かれる前に
九十のおやじが死ぬ前に、ものごころが尾骨にひび割れているうちに
君の声紋のいちいちをいちいち反芻できるうちに
まだ明るいうちに
天気雨が天気雨であるうちに、湖に吹き抜ける風がビールに澱んでしまう前に
やがて酔いつぶれ路上に突っ伏す己を思い描けるうちに、はるかがかなたを越えないうちに
君のこめかみからぼくが剥がれて干からびる前に

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