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毎度!よも助です

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ゆうべの秘密じゃなくて




マウスの秘密
 
 
バッテリーの寿命が尽きたパソコンだって
コードをコンセントに差し込まずとも1分や2分3分くらいは
電源は通るのだ
俺はそいつを知らなくて壊れていたコンセント
まだその時は壊れていたことを知らなかったわけだが
そこへコードをぶち込んで一度は点いた電源がプツリと消えたもんだから
そのあとどういじくっても画面は暗いままだから
壊れたのはパソコンだと決めつけ
新しいパソコンを買ってしまったわけだ
そのパソコンの調子がおかしい
すぐ画面が止まるし止まらずとも指一本どこにも触れていないのに
画面は勝手に元の場面へとどんどん戻っていっちゃうし
挙句の果てにシャットダウンができなくなる
買うときにこれはインドで作られたコピーだとの説明を受けたが
それだって一年間の保証はついている
そこで店に持っていくと二時間後に電話が鳴り直ったという
ところが直ってなんかいなかった
やっぱり画面は動かない
すぐにでも取って返したかったがしつこい男は嫌われると
眠れぬ夜を一晩過ごして翌日
朝一番で駆け込んだのだ
ところがどうだ店員は涼しげに画面を動かして見せるではないか
シャットダウンもちゃんとできる
きのうだってほんとうは修理なんかしなかったんだと
ってことは俺のアパートのWiFiに問題があるってことだが
苦情が出ている様子はまったくないのだ
お陰様で案の定部屋に戻れば画面は滞ってしまう
俺の部屋には悪魔がいるとフロントに持ち込めば
フロントの太った姉ちゃんもやすやすとパソコンを操作しちゃうのだ
そこで俺はピンときた頭のいい俺は分かってしまった
マウスだとマウスが元凶なんだと
修理に出すとき荷物になるからとマウスは抜いていった
フロントに運ぶ時もぶらぶらさせてはと抜いていった
マウスは意図を持ったのだ
ネットの知識もろくすっぽないくせに
マウスを乱暴に扱う俺に思い通りにいかないと
八つ当たりしてマウスを叩きつけるこの俺に反乱を
企てたのだ
いや待てよ
俺はこのサイトにネットのパソコンの悪口を散々書いてきた
これは本体このノートブックとの共謀なのかもしれない
とすればマウスを抜いたところで
いずれまた画面を止められてしまう可能性はおおいにある
うーん
マウスさんパソコンさんわたしが悪うございました
深く反省してますんでどうかご容赦を


走る酔っ払いよも助がうたう




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はムズカシイしムズガユイ
難解で懐柔で短絡で
何の段落も段取りも脈絡もない
見るにしても覚めるにしても
思い通りにいったことなどただの一度もない
何でこんな夢をこんな時にと十万回は思ったが
その大半は起きるとすでに忘れてた
やり直したい人生などどこにもないが
もう一度見たい夢ならいくつかある
もし日々の営みの中に夢の介入がなかったら
俺の一生は夢よりもはるかにはかないものに

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ナースチェンマイ大学ミニマラソン




日本でのマラソン大会の申し込みはすべて
ネットを通して行われているが
大会当日発走一時間前に身体ひとつ持って行きさえすれば
簡単に登録出場できたこのタイでも
最近はネットのできない奴は走らなくて結構
毛だらけ猫灰だらけ
という大会が増えてきた
まあこんな俺でも少しは上達したらしく
ナースチェンマイ大学ミニマラソンに
買ったばかりの8900バーツのパソコンから
無事申し込みを済ませ
電光石火の早漏男よろしく最寄りのバンコク銀行に押し入り
350バーツの参加費の振り込みもこれまた
いとも簡単に完了させたのだった
ところが、ちゃんと払いましたよ、という証明が必要なのだが
これができない
多分振り込みを済ませた用紙の写しを写真に撮りそれをネットで主催者に
送ればどこからも文句はでないのだろうが
そんな芸当がこの俺にできるはずはない
ナースが頭にくっつくことが示すように
これはチェンマイ大学看護学科主催のマラソン大会なのだ
だからこだわる
何年か前売れることのないおにぎりをつまみ替わりに一杯やりながら
売っていたパヤオでも
パヤオ病院付属の看護学校が主催するマラソン大会があった
これが大変なもので
給水所という給水所に看護婦じゃなかった女の看護師の卵たちがむせあふれ
ランナー一人ひとりにペットボトルを手渡してくれるだけでなく
ゴール手前100メートル地点にも
卵がズラリゾロリと並んでタイ国国旗とセットで耳の中の汗と
鼻の奥の分泌液を拭いとるちょいと長めの綿棒をこれまた一人
ひとりに握らせてくれたのだった
そういうわけなので俺は直接証明しようと
振込用紙の写しを手にチェンマイ大学に出向いたのだ
このレースが大学の敷地内だけで争われることが示すように
チェンマイ大学は広大だ
それが入った門の少し先に座っていた守衛に尋ねると
すぐそこの建物が看護学科なのだという
なんて運がいいんだろうと早速その建物の中を
あっちに行きこっちに行きあれやこれやとやりあうが
さっぱり埒が明かない
一時間掛け合って分かったことはそこは看護学科ではなく
犬猫病院ということだった
ちなみにタイ語の発音でカタカナ表示すると
犬猫病院がローングパヤバーンサドで
看護学科がカナパヤバーンサートだ
一体全体看護学科はどこにあるかというとここから1キロは離れた
スアンドーク病院の中なのだという
これがまたバカでかく俺は2度迷子になっている
チェンマイの生き字引を気取ってる今だって入った門と同じ門から
外に出られるなんてことはめったにない
ごめん話が長くなった
結局それから俺は約30人の男や女に道を聞いて看護学科にたどり着き
わたくしは12月17日のレースを走ることになっているランナーだが
そのことに関して話がある、さてこれからどこに行って誰と会えば
いいのでしょうか?
みたいなことを係員というか看護学科に従事する3人のおばさんに
2時間を使って別々に聞き遂に目的を果たすのだが
10キロのミニマラソンを走る以上に疲労困憊した


走る酔っ払いよも助がうたう

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おでんでんでんみそおでん




何かあたたかいものが欲しい
熱帯夜が続くのに
俺の周囲はこの世は空々しい
チェンマイは、そしてあの世はうすら寒い
桑田佳祐のフレーズに
胸騒ぎの腰つき、というのがあったが
俺の腰つきは腰回りはこんなにも重苦しい
ラーメンではない
舌をやけどしそうな番茶でもない
そう
みそおでんがいい


走る酔っ払いよも助がうたう




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元気です



エッコちゃん
 
 
近所で初めてテレビを入れたのは
路地一本隔てて並ぶ名無しさんの家だ
それからうちがテレビを買うまでどのくらいの時間差があったのだろう
覚えているのは大村崑の「とんま天狗」は名無しさんちの
縁側から見たということだ
あの頃夏休みには町内レクレーションと称した組内の日帰りバス旅行があって
阿字ヶ浦とか幕張の海水浴場へ行った
これはまったく記憶にないのだが将棋覚えたてのころ
そのバスの中でエッコちゃんのおかあさんにせがんで将棋を指してもらい
負けてしくしく泣いたのだという
名無しさんちには子供が三人いたが末っ子がエッコちゃんで
ぼくより二歳か三歳上だった
エッコちゃんのお兄さんとお姉さんは勉強ができて県内一の進学校に進んだが
二人の名前は忘れてしまった
またバスの中に戻るがぼくが調子に乗って
かあちゃんが申でばあちゃんが戌だから二人は仲が悪いのだ 
と口走ると面白がって、ひでおちゃんは頭がいいと褒めてくれたのも
エッコちゃんのおかあさんだった
下の姉と缶詰を前に缶切りが見つからず困っていた時のことだ
結局名無しさんちから借りようということになった
姉が出かけて行ったのだがエッコちゃんを伴って引き返してくると
エッコちゃんの目の前で缶詰を開け缶切りを返し
そのままバイバイしたのだった
エッコちゃんは不二家のお菓子のキャラクター
ほっぺたをいっぱいにして笑って見せる女の子にそっくりだった
ぼくが小学校五年か六年の時
エッコちゃんのおとうさんが事件を起こした
もうその頃は組内のバス旅行はなくなっていたのではないか
いや参加しなくなっただけのことか
その後、名無しさんちの周辺がひっそりとした感じになったのは
否めなかった
よしだたくろうが「元気です」をリリースしたのは高校二年だ
あれっ?いつのまにたくろうを掛けたんだろ?
と訝っていると「春だったね」は隣の名無しさんちの方から聞こえて来るのだった
土曜日や日曜の午前中はよく「元気です」の競演になった
隣から「旅の宿」が聞えて来るとここぞとばかりに窓を開け
「たどり着いたらいつも雨降り」のボリュウームを上げるのだった
ある日の夕方エッコちゃんが我が家を訪ねてきた
この前たくろうのコンサートに行ったんだけどその時の写真が
出来上がってきたの
ということだった
ステージで歌うたくろうの写真が三枚引き延ばされ
白い大きな封筒に入れられていた
名無しさんちはぼくが上京して二年目に引っ越していった
おとうさんの判決が下るのを待って越したのだという


走る酔っ払いよも助がうたう

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