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毎度!よも助です

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祭りのあと吉田拓郎 わが人生の時の曲その1




普段通りに
 
 
いかない時がある
普段通りが一番楽ちんなのは
重々承知なのだが
祭りを懐かしく思うことがある
誘われれば応じる
気が付けば祭りのあとだ
祭りのあとは、どうしようにも、どうしようもない、あとの祭りだ
若い頃は心身ともに動揺した
死の恐怖にさいなまれた
人生にいたずらに場馴れした今はそれほどではないが
吐く息が饐え、心臓の脈打ちがこぼれる
普段通りにはいかなくなる
何もすることができず
トイレとめし以外は
体仰向けて心放りだす
もし仕事持ちの身だったらまちがいなく投げ捨てる
俺はそうやって何百という仕事を失ってきた
朝、起きたら、隣に女がいた
なんてことはこれまでに一度もなかったが
朝も昼も夜も真夜中も
普段通りが一番いい

走る酔っ払いよも助がうたう


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川中子はぼくに
 
 
何の断りもなく死んでいったが
よくよくつらつら考えてみれば
誰だって人はみな誰にも断りなく死んでいくのが筋なのであって
現にこのぼくも
何の断りもこだわりもわだかまりもたかまりもためらいも
そしてまためまいも耳鳴りも立ち眩みもなく、心静かに
ひとり
死んでいこうと願ってる


 

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船戸与一砂のクロニクル 好きな作家と作品その11




肉離れで
 
 
走れない
無理をすれば走れないこともないかもしれないが
無理はしないことにした
最近レースに出てもまともに走れたためしがない
前回のレースは1ヶ月以上前だがそれ以降左の脹脛に違和感を覚えて
ずっと走っていなかった
この前久し振りに走ってみたら途端に肉離れだ
しつこい筋肉痛が喜び勇んでここぞとばかりに肉離れ化したのだ
筋肉痛にも肉離れにもきっと言い分があるはずだ
言い分は聞いてあげるべきものなのではないか
クボタ農機とは〔便宜上俺が勝手につけたあだ名だが〕
おにぎりを売っていたパヤオで知り合った
俺より10歳下で口が上手く首が太くつまり太っていて
2人で酒飲んでバカを言い合えば天下無敵だった
タイ人の嫁さんがいて子供が1人いた
2人目を身ごもっていた彼女が
テラス式カラオケ屋で飲んでいた俺たちに何の前触れもなく音もなく近づいてきて
いきなりクボタ農機の横っ面を張り飛ばした時にはひっくり返った
またおにぎりの店にこっそりやってきて
うちのダンナはああ見えて身体が弱いからあまり誘わないでくれろ
と懇願したこともあった
誘いをかけてくるのは100%農機だったが頷いておいた
クボタ農機には離婚歴もあるのだが相手のフィリピン人は別れた後も
南相馬の実家で農機の両親と一緒に暮らしているのだという
そのクボタ農機に70000バーツ日本円で20万円貸したが10年過ぎた今も
貸した状態のままだ
もう返っては来ないだろう
お互い居所も分からなくなってしまったし
クボタ農機にも言い分はあるだろう
初めのうちは返す気もあったかもしれず
少なくとも少しは俺を楽しませてくれた
その報酬分と捉えているとも考えられる
エークเอกには8000バーツだ
貸したのは15年前でその半年後に5歳年下のエークは死んだ
これまた口から先に生まれてきたような男で
調子いいのも噓をつくことに自覚がないところもクボタ農機にそっくりだった
チェンマイで初めて借りたアパートはタニン市場の裏手にあったが
一軒おいた隣がエークの店で週に5回は通ったものだ
一軒家の貸家には庭もあってそこにジュークボックスとテーブルを置いて
酒を売っていた
ポウムพ้อมというパートナーとビアเบียร์とブンบึงの2人の息子がいたが
出会った当時ブンはまだポウムのお腹の中で
それが今ではワロロットに店を構える30前の立派な入れ墨師だ
エークの店には常時何人かデックスープเด็กเสร์ฟ〔女給〕もいて
金額が折り合えばやることもできたが
ぼくはエークに弱みを握られるのを恐れて貞操を守り通した
エークがぼくとポウムとの仲を疑いポウムを殴りつけた
と教えてくれたのもデックスープの1人だった
知り合って何年かが過ぎるともうぼくの方からは連絡をしない
ようにしていたがある真夜中突然訪ねてきて
ブンが高熱を出したのでチャングプアク病院に来たのだが
現金がない、4000バーツ貸してくれ、と言った
眉唾物だと思ったが貸してあげた
それから2時間後にまたやってきて
足りなかったからあと4000バーツ寄こせ、と言う
貸さないなら梃子でもここを動かないぞという凄みがあった
これで縁を切ることができると結局は貸した
日本に帰り半年働いて戻ってみると
エークはエイズで死んでいた
あの時傍目から症状は見えなかったが
エークは気づいていたのだ
それがエークの言い分にもなる
どうせ死んでいくのなら金をいくら借りたところで
屁にも負い目にもなりはしないと
当時進行を抑える薬はまだ出回ってはいなかった
ぼくは平気でエークの嘘の片棒を担いだし尻拭いも何度かした
エークはぼくをともだちと思っていたかも知れない
きっと嫌いではなかった
ぼくから金を借りる行為そのものが2人の友情の証ではなかったか
肉離れにもクボタ農機にもエークにもそれぞれの言い分があった
とすればこの地球上には70億個以上の言い分が溢れひしめき合ってるわけだ
それを全部受け入れるのは生半可なことではないし
人の道から外れてしまう心配もある
だがそれでもあえてなお
そういう人間にわたしはなりたい


走る酔っ払いよも助がうたう

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五木寛之と吉田拓郎
 
 
は俺の人生に最も影響を与えた二人だが
高校の時、拓郎がパーソナリティーを勤める
オールナイトニッポンかセイヤングかパックインミュージックに
いきなり五木寛之がやってきたことがある
予定されてた出演ではなく飛び入りだった
疾風のように現れて疾風のように去っていった
俺は大興奮したが二人は互いに好感を持たなかったようだ
井上陽水とは「青空ふたりきり」という対談集まで出しているのに
その後五木寛之が吉田拓郎について触れたことはない
そんなことを後生大事に時折思い出すのは俺ぐらいのもんだと
高を括っていたわけではないが
イヤびっくりした
ついこないだ、その時のやり取りを録音したものがアップされ
俺のパソコンにユーチューブのあなたへのおすすめの欄に
突如として出現したのだ
俺が抱いた印象に修正を施す必要はないようだが
もし俺が俺でなかったらそのアップされたものが
俺のパソコンに顔を覗かせることはなかったはずだ
大変な時代になったものだがそれをどのように受け止めるのか

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だからなんなんだ
 
 
これまでにここに書かれたきたものは
傍目から見れば、ぼく自身が読んでも
だからなんなんだ
と茶々を入れたくなるものがほとんどだ
それはつまりこれまでの俺の人生が
だからなんなんだ的だったんだ
ということだろう
でもまあ人生ってそんなふうなもんだろうし
だからなんなんだ!


走る酔っ払いよも助がうたう

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