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毎度!よも助です

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吉田拓郎





に「ともだち」という歌があった
「今日までそして明日から」とカップリングされ
シングルレコードになった、そいつを
少なく見積もっても3万回は聴いた
ぼくはたくろうの大ファンだがたくろうとぼくはともだちではないだろう
サインを貰い握手もしたがやっぱりともだちではない
面識のないともだちって有りうるだろうか
いったい「ともだち」の定義ってどんなもんなんだろう?
よくわからないがわからないなりに
多分ぼくにはともだちが何人かいる
ガキの頃からのともだちとはしょっちゅうそれこそ毎日のように会った
同級生ならそりゃそうだ
齢をとるごとに会うペースは間延びしていく
どうしたって大人になればいろいろあるからね
ぼくが来年予定通りにホームレスになれば
ますます会えなくなるだろう
それどころか二度と会えないかもしれない
だけどそれは大した問題ではない
何の不都合もない
ぼくにはともだちがいると思えれば満たされる
モスコシ生きてミッカ

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オイ!安倍、俺の携帯勝手に鳴らすなよな




別に欲しくてこの携帯を買ったわけじゃないんだ
3年前除染作業車を誘導する仕事に就こうとした時
ケイタイはあったほうがいいんじゃないの
と暗にほのめかされたのだ
ソフトバンクのプリペイド方式で本体と会わせ6000円ちょっとだったと記憶するが
こっちから掛けられるのはプリペイドカードを追加しないと1ヶ月か2ヶ月で
ただ受け取るだけなら1年はOKなのだ
携帯を持つなんて俺のポリシーに反するのだが
恥と人目を忍んでこれまでに2度3000円のプリペイドカードを補充した
時計替わりに使えるしストップウオッチの機能もついてるし
せっかく買ったのに無効にしてしまうのもアレだし
きのうは久方ぶりに日光仲よし会のメンバーと気持ちよく飲んだ
普段俺は4時に起きるのだがあしたは眠れるだけ寝てやろうと
飲んでる時からずっと思ってたんだ
それが何だよ、緊急速報とやらで携帯鳴らし起こしやがって
俺は北朝鮮もミサイルも趣味じゃないし
金ナントカという小太りの男もどっちかつうとタイプじゃない
オイ、安倍、お前に何の権限があって俺の携帯鳴らすんだよ
俺を怒らせないでくれよ
この携帯来年の5月17日までは受信できる
そのあとはもう3000円の追加はしないから
それまではおとなしくしていてくれ
トランプが核のボタン押したって
この携帯鳴らさなくていいからな


走る酔っ払いよも助がうたう





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石川秀美




は、いまちょっと度忘れして出てこないのだが
ナントカという男3人グループのヤックンと結婚したはずでヒット曲に
「まちぶせ」がある
とここまで書いて念のため石川秀美と検索してみたら
彼女の歌にまちぶせはなかった
まちぶせもB型肝炎も石川ひとみのものでした、失礼
一方ぼくはこれまでの人生で3度まちぶせをした
1度目は高校2年の時で相手は例のマル田バツ子だ
振られた事態を受け入れることがどうしてもできなかった
バツ子は日曜日、当時は所野にあった日光スケートセンターで
アルバイトをしていた
その帰りをふれあい橋の袂でじっと待った
このことはこのサイトの「マル田バツ子への3通の手紙」の中ですでに触れている
~今、時間ある?
と、飛び出していったぼくを認めたバツ子は
~どうしてここがわかったの?
と咎めるように言うのだった
~バイトからの帰りと思った
~家に電話した?
首を振ると
~きょうはバイトじゃにもん、エッコんちへ行った帰りだもん
と小走りで去っていった
2度目が高3だ
ラブレターを書くことで退屈な高校生活をやり過ごしていたぼくは
いいなあと思うのがいるとすれ違う時何気なく足元を見て
上履きの名前を読み取り在校生名簿で住所を調べ
6人の女に手紙を書いた
バツ田マル子もそのひとりで彼女の家は栗山村だったが通学は物理的に無理なので
今市に下宿していた
下宿先の住所まで在校生名簿はちゃんとフォローしていた
学校帰りをまちぶせたのだがぼくは早引きかなにかしたのだろうか
マル子が必ず通るであろう
JR今市駅に寄り添って走る道路に面した餃子やの立て看板の横で
ぼくは彼女を待った
マル子はやって来た
~つきあってください
というつもりで通せんぼするように彼女の行く手をふさいだのだが
~あの、あの
と10回くらい繰り返してから出てきた台詞は
~いま、つきあっている人はいるんですか?
だった
マル子はなんだかうれしそうに
~ハイッ!
と一言答えたのだ
3度目は高卒で就職した産業新潮社に通う満員電車で
ついついお尻を触ってしまった女子高生を遅刻覚悟で
3日連続三田の駅でまちぶせた
こんなことをバカ正直に語れば
人間性を疑われるどころか変態と罵られるのは必至で
もう手遅れだろうがこれ以上は書かない
 
 

走る酔っ払いよも助がうたう

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真夏の夜の夢


夢を見た


なんだかくっきりした夢だ
色はないのにあざやかだった
起きたらキレイに忘れてた
夢を見た
もうずうっと墜ちる夢を見ないので
飛び降りようと閃いたのだ
屋上に駆け上がろうとエレベーターを抉じ開ける
開いたところで目が覚めた
おいら羊水にくるまれひとり眠っている
ってな夢を見たいもんだと眠りについた
夢を見た
おいらが死んだせつない夢だ
ってことはまだ死んではないってわけだ
そんなこんなでほっとして
おいら再び眠りについた


走る酔っ払いよも助がうたう

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バンコク狂詩曲



美玲大浴室

は今はもうないが、32年前
その店構えを見た瞬間
ああ、その手の店なんだ
とピンときた
このサイトにも何度か書いたが
ぼくの最初の海外旅行はインドでバンコク経由だった
バイト先で知り合ったコーローミサトさん夫妻プラス
爽と快の幼い兄弟で構成される伊藤一家に紛れ込んでの旅だったが
チケットの手配から何からすべてコーローさんにおんぶにだっこだった
バンコクには4日いたはずだがそれは何日目だったろう?
ぼくは初めてひとりだけでバンコクの街の散策にでかけた
その時発見したのが美玲大浴室だった
さっそくホテルへ取って返しパスポートと旅行者用小切手をコーローさんに
預けてから
美玲大浴室の扉を押したのだ
いきなりバカでかいフロアーに踏み込む形になった
とまどいながらも100メートルくらい向こうに所謂金魚鉢を認めた
ぼくはかなりの近視なのでまずは近づかねばとテーブル席を縫うようにして
金魚鉢を目指す
とあっちからマネージャーかボーイなのかは知らないが
男が一人近寄ってきて何事か喋り散らす
どうやらどっちかを選べと言ってるらしい
確かに男は両肩に女を従えている
ぼくは金魚鉢で侍る女たちを一目見ることもなしに
右側の女を指名する破目になってしまった
名前は覚えていない
顔も忘れてしまった
だがとにかくぼくはその娘と2回した
その最中彼女は鋭く息を吸い込むのだったが
それがシーシーと歯笛のように響いた
出掛けにコーローさんが持たせてくれたコンドームは使わなかった
エイズが騒がれだすのはそれから1年あとだ
その部屋は彼女専用のようで戸棚の小引き出しから大量の写真を取り出して
一枚一枚解説を加えながらぼくに見せるのだった
なんでも彼女は千葉の佐倉で1年近く働いたらしいのだ
写真観賞の合間に2度におよんだコトが終わってぼくは満足だった
達成感があった
美玲大浴室はラーマ4世道路をクロントーイの方に向かって
ルンピニスタジアムを通り越し高速道路を潜り抜ける
少し手前の右側にあったが
すでに述べたように今はもうない


走る酔っ払いよも助がうたう

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