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今市市日光市藤原町足尾町栗山村が合併して日光市になる前の日光市の歌の作詞者はぼくでした


日光和楽踊りの夜
 
 
動物園で象の鼻の穴を見ていたらボッキしてしまいそれをデートの相手に感づかれどう対処すべきか途方にくれたというスズキヤスオから
大学三年の夏休みは日光プリンスホテルで働くことにしました 伝手があるので君も一緒にどうですか? 
という葉書が届いた
ヤスオちゃんは大学生だがぼくはそうではない
高校卒業後は手を替え品を替えバイトを替えただひたすらふらふらしていた
最初はヤスオちゃんと同じチップがもらえるベルボーイだったが
幾日もしないうちにチップのもらえぬ部屋の掃除にまわされた
あさっては日光和楽踊りだが都合がつくならちょっと降りてこないか
という電話が「サントリーレッドの青春」に登場した真ちゃんからあった
東武日光駅から歩いて二分半のところにぼくの家はあり五キロ北上すると母校の日光高校でさらに進むと和楽踊りが行われる古河電工日光精銅所へたどりつきもっと行けばいろは坂に入り上りきると そこは中禅寺湖でその湖畔に日光プリンスホテルはあった
精銅所が元気だった頃は日光和楽踊りは日光市の最重要行事でその周辺に住む人にとっては正月よりも大きなイベントだった
はじめて冷やし中華を食べたのも和楽踊りの夜だった
やったことないからうまくできねえかも知ンネ
といいながら七十一で死んだ母が作ってくれたのだが
あの晩隣で食べていた少女 あれはいったい誰だったのだろう
和楽踊りの二日間だけ一杯飲み屋に変身する普段は自転車の修理をする店で
あん時のよりおいしい冷やし中華とはいまだ出会えずにいるのだと熱く真ちゃんに語るのだった
櫓に登って俺にも歌わせろと駄々をこねたのは真ちゃんとはぐれる前だったか後だったか
高校生のカップルに絡んだというかちょっかいをだしたのは真ちゃんを捜すのをあきらめたあとだ
胸か尻を触ったかもしれない もちろん女の方のをだ
男が憤怒するのを目の当たりにすると逃げ出していた
だが下駄履きだった 途中で脱ぎ捨てたがあっさり追いつかれぼこぼこにされた
先輩をぼこぼこにするとはいったい如何なる料簡かと憤懣やるかたなかった
制服ではなかったし何の根拠もないがあのふたりは日高生に違いないのだった
後輩にいいようにされたことに櫓で歌えなかったことにぼくは合点がいかないのだった   いつしか日高まで目と鼻の距離になっていた その手前の交番にしけこみいや駆け込み事の成り行きを滔滔と述べ立て男を逮捕すべきだと訴えた
あの時おまわりは二人もいたのにどちらもぼくを相手にしないのだった
そんなこんなで家まで帰るのが億劫になりまたそれは正義に反する気がして
母校の正面玄関の一枚ガラス戸をブチ割ったのだ
門を乗り越えた記憶がないのだがあの当時は門を閉める習慣がなかったか閉める前だったのだろう
肩口を突付かれる感触に目を開けると警官の制服を着た男が立っているのだった
ガードマンの制服を着た男がその後ろでかしこまっている
寄せ集めた机の上に眠っていたのだ
ぼくは三年三組だったがなぜかそこは三年一組の教室だった
九十二で死んだ父は警察に通報した警備員を非難したがマニュアル通りにしたのだろう
手錠こそされなかったがパトカーに乗せられ日光警察署に連行された
呆れるほど長い時間をかけちんたらちっくに調書を取り終えると六十一で死んだ兄が身柄の引き取りに来た
裸足でいるぼくのために持ってきてくれた履物がスリッパなのだった
こうして日本国民であるぼくは日光和楽踊りの翌朝に自らの責任でもって指紋の登録を無事済ませたのである
日光プリンスはそのままやめた
ガラス代の弁償には直接出向いた 知った先生は一人もおらず拍子抜けしたのを覚えている 三千なにがしかをキャッシュで払った
ヤスオちゃんは元気でいるだろか
最後に会ったのは確かM君のおとうさんの葬式の時だった
その前がY君のおかあさんの葬式だ
何を隠そう Y君とはヤスオちゃんのことだ
もう親しい仲間のおとうさんおかあさんはあらかたかたがつきかれこれ五年以上会う機会に恵まれていない
そして折に触れ残念に思うのだがヤスオちゃんが結婚した相手は象の鼻の穴勃起事件の時の彼女ではない

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