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毎度!よも助です

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年末調整いたします


恋のテキーラ
 
 
これは巫女の一郎じゃなく潮来の伊太郎の橋幸夫の歌だが
凄い切れ味だ
恋のウイスキーじゃ話にならない
恋のウッカはちと重すぎる
恋のバーボンも悪くはないが
ペニーレインでテキーラだって負けちゃいないぞ
リッチモンドでバーモントカレー
平目を肴に平戸で一杯
オランダ坂からスペイン通り
屋根裏覗いて道頓堀へ
生板上がってまな板のコイ
信州佐久の鯉太郎
三こすり半であの世行き
きのうの友はきょうのテキーラ
ジャンジャン横丁、これでおしまい
@恋のテキーラという歌はありませんでした。恋のメキシカンロックを履き違えました。


あの時
 
 
週に一度か二度ステーキの食い放題に行くのだが
その店には箸がないのでマイ箸持参で行くのだが
さあ出かけようと箸をポケットに突っ込んだその時
生まれてきてよかったと痛烈に思った
その日から何日過ぎただろう
ミニマラソン大会からの帰り道
余所見している隙に増え続ける セブンイレブンの一つの前を
ママチャリで通り過ぎていたその時
正確に言えばその時から零点二秒さかのぼったあの時
もう死んでもいいんだと明朝体で思った


無題
 
 
石原慎太郎はまだ生きてるはずだが
石原裕次郎が死んだのは幾つのときだったのか
美空ひばりよりさきだったのかあとだったのか
二人には興味がなかったのでよく覚えてないが
みっつかよっつかいつつかななつ二人を上回ってしまったのは確かだ
兄貴が死んだ歳まであと四年ある
親父が死んだのは九十一か二だがその歳まで生きる過程を想像すると気が遠くなる
いやいやここ二、三年の一年の過ぎるスピードをおもえばあさってあたり平気な顔で九十になっていたりしっちゃたりして
死ぬというのは生まれる前の状態に戻ることだと最近は考えるようにしている
前生がモグラだと覚えている人はモグラに戻り
石川五右衛門と信じてる人は五右衛門に戻り、また大釜で湯掻かれるわけだ
生まれる前のことをぼくは何一つ覚えていない
なにものでもなにかしらでもなかったわけで早い話が無だ
死んで無になるのと死んで無に戻るのとどこが違うのかと人はいうかもしれないが
実際、死んでしまえば同じことなのだが
まだ生きてるうちは無に戻ると考えた方がましというかゆるい気がする
頭と褌はすこしゆるめがいいのだ


ビール瓶の底に
 
 
ぼくが死んだのははじめて入った小さなめしやで、L字形カウンターの長い方の端っこに座りビール一本と焼きさば定食を注文し、勘定を済ますとカウンターに突っ伏しそのままだった
さばと味噌汁はキレイに平らげたがごはんはほとんど手つかずで、コップのビールは空だったがビール瓶の底に三センチほど残っていた
もし突っ伏すことがなかったら、ビール瓶の底まで飲み干し残ったごはんは持ち帰りにしただろう


 
ぼくは骨のある男ではないが焼かれて残るのは骨だ
骨折り損のくたびれ儲けとはどこの馬の骨の戯言か
焼け残った骨は空にさらされ宇宙の塵に還るのだ
魂があるとすればそれは骨に宿るのだ
左右対称は好きではないが
骨は理科室の骨格標本のように左右対称でなければならない
腰部変形性脊椎症の診断で腰を回し始めたことは前に書いた
それから三年以上になるが腰回しは
骨を左右対称に戻す作業なのだ
動かなかった首がどくろ首の如く面白いように回る
後続のランナーの足音が聞こえてきてもじっとしているしかなかったのだが
今は右から左から心ゆくまで振り向いてウインクまでもしてしまう
気前良く抜き去られてしまうのは昔のままだが
左右対称だと息がしやすいのだ
性力に変化はないが っていうかたたないままだが
性欲は有り余る程なのだ
すべてがいとおしいのだ
カラオケのぼくの十八番は霧笛が俺を呼んでいると柳ヶ瀬ブルースだが
三番目に大事な曲が骨まで愛してだ


種の起源 宇宙にて
 
なんでコトが起こったのか
起こしたのは誰だったのか
淫乱のおいらに解る道理はないが
起こったコトは必ず終わる
終わりのない戦争がおそらくはないように
あした地球は自爆し太陽は燃え尽き
そして宇宙はブロイラーチックにのたうつ
ぼくの目玉は手足は脳ミソはそこいらに散り消え
あんまり深くてあまりにも暗すぎて
俺のゲノムなぞあろう因果もなく


パヤオのファラン

西洋がどのあたりで東洋がどこからどこまでを指すのか正確にはいや不正確にも知らないがオーストラリアとニュージーランドは地理的には西洋ではないだろう けれどオーストラリア人やニュージーランド人を日本人は西洋人と見做しているのではないか
この西洋人に当てはまるタイ語がファランだ
女を追いかけチェンマイからパヤオに移った
肘鉄を食らったがパヤオ湖のレイクサイドが走るのに具合がいいのでそのまま居続けることにした
走っている時よく一人のファランとすれ違った 長身痩躯で歳は六十くらいだろうか アロハのような派手なシャツを着 櫛を何日も入れていないような頭だったが厳格といっていい顔つきをしていた
雨が降らない乾季でも左手に傘を携えていた
ラムドアンと花の名がついたぼくの住むアパートの通路でこの男とばったり出くわした あらっ、あなたもこのアパートの住人だったのですか、その思いがおっとという音声になって漏れた
その日から彼はオットーとなった
走っている時だけでなく自転車に乗ってる時も歩いている時もオットーとは繰り返しすれ違った すれ違うくらいだから走っている時や自転車に乗ってる時には追い抜きもした 一杯ひっかけ気分のいい時は追い抜きざまに振り返り手を振ったりした オットーは傘を少し持ち上げる仕草で応えた 極まれに笑みがこぼれた 柔らかな笑みだった 
金が尽きたので日本に帰り四ヶ月働きパヤオに戻った アパートは別なのにした オットーのことなどきれいさっぱり忘れていた
当時パヤオ幼稚園の近くに一見好青年風のマー坊というあだ名の男とラッというあだ名のタイ人の奥さんが切盛りする日本料理やがあった 客がめったに来ない落ち着ける店だったので週に一度か二度のペースで通った
その(ヤン坊マー坊)の主人からオットーが死んだのを聞いた 毎月一日にそれも午前中に部屋代を持ってくるオットーが三日の夜になっても来ないので選挙好きの管理人が合鍵で中を覗いたところオットーは机に突っ伏す格好で死んでいたのだそうだ パヤオ警察からの連絡を受けニュージーランド大使館の職員がやって来たが大使館はオットーの身内と連絡をつけることができず死体は大使館によって処理された 他殺を疑わせるものは何もなく死因は栄養失調となった 
驚いたことにオットーは途方もない大酒のみだったのだ 朝行く店昼に寄る店晩覗く店と三軒の馴染みを持ちそれぞれの店でビールをきっちり三本飲んだ どの店でも聞かれたことには答えるが無口な客だったようだ たまに自分の鼻歌に体をぐらつかせることはあったが
一日にビールを九本飲むのは容易いことだがそれが毎日365日となると話は別だ 偉大なる飲み志を自負するぼくでも三日連続がいいとこだろう
トータルすればぼくがオットーとすれ違ったり 追い抜いたりした数は軽く500を越えるが朝方追い抜こうと宵の口にすれ違おうと千鳥足だったことは一度もない 彼の歩調は揺るぎなく首尾一貫していた
オットーの死は確信に満ちた緩慢なる自殺だったのだ

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