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エイトマンにも鉄人28号にも関心はありませんでした


8っちゃん

やっちゃんはぼくになついでいた
やっちゃんには両親と妹とがいたがおとうさんは離婚するか死ぬかして
やっちゃんの周辺から知らぬ間にいなくなっていた
やっちゃん一家はある時期ぼくの家の隣の借家に住み
そこには風呂がなかったのでぼくんちが風呂をたてると親子三人で入りに来た
一緒に入ったことも何度かあった
そんなことでぼくになつきつきあいが始まった
お風呂の時だけでなくやっちゃんは頻繁に我が家に出入りした
やがてやっちゃん一家は東中学校の方に引っ越して行きぼくらは疎遠になった
引っ越す前の話だ
名無し坂の横手は今はシノハラ電気店だが昔はただの原だった
ぼくはそこで素振りをしていた 振りぬいたバットがいつのまにか後ろに来ていた
やっちゃんの頭を打った
血は流れなかったが広い範囲に滲んだ
やっちゃんは大声で泣いたがぼくを責めるそぶりは見せなかった
どうしていいかわからなかった
穴があったら入りたかったが穴はなかった
ほっとくわけにもいかず意をしおかあさんが働く福田ガラス店に連れて行くことにした
道中 逃げられたりしたら大変だと思ったのかやっちゃんはぼくの手を握ったまま離さなかった
四年生になるとやっちゃんが入学してきた
校内で見かけることはあったが言葉は交わさなかった
ただ一度渡り廊下のところですれ違っていったやっちゃんが
ひでおちゃん と呼びかけまたぼくの方へ駆け戻ってきたことがある
蹴躓き転んでしまったのだが記憶はそこでぷっつり消えている
高校生になった
中学の野球部の仲間に誘われ後輩の練習を見に行った
その中にやっちゃんがいた やっちゃんはぼくを認め照れくさそうだった
ぼくが野球部に入ったのは兄を真似てだがやっちゃんはぼくを真似たのではないか
その年の夏休みやっちゃんの勉強を見てくれとおかあさんに頼まれ引き受け
最初の日、野球部は辞めたのだとなんだか怒ったみたいに言った
やっちゃんは石原慎太郎と同じ目をぱちぱちさせるチック症だったが
一ツ橋を出都知事になり小説家でもある慎太郎のようには勉強はできなかった
8という数字を左上から書き始めたのには驚いた
普通は右上から書き始めに向かい右下に降りまた左に寄り元のところへ戻ってくる
中学生にもなってまともな8の字も書けないのかという呆れた驚きではない
水戸黄門にいきなり印籠を突きつけられたような驚きだ
その8の字の書き方は小学に上がる前のやっちゃんにちらし広告の裏を使って押し付けがましくぼくが教えたのだ
頑固なぼくは長い間なんでみんな揃いもそろってへんてこな8の字を書くんだろうと思っていたが 中学の時には普通の8の字を書いていた
出かけようと靴を履いている時やっちゃんのおかあさんから電話があり熱を出したので別の日にしてほしい言われた
別の日はやって来なかった やっちゃんとはそれきりになった 三回教えただけだった
間違って教えちゃったけど正しい8の字はこう書くんだよ
と告白する機会も失われた
先の田中典子先生という詩の中で
年齢差というものはどちらかが死なない限り広がりも縮まりもしないと書いたがこれはおかしい
ぼくの兄はぼくが52の時61で死んだがそして今ぼくは58だがぼくと兄との年齢差は3歳ではなく9歳のままなのではないか
年齢差はどちらかが死んでも双方が死んでも変わりはしないのだ
この場を借りお詫びして訂正します
生きていればやっちゃんは今55でぼくと3歳違いだがどんなふうに8の字を書くのかは
知らない

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