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まだ見ぬ息子ともう見ぬおやじへ


息子よ
 
もうぼくも年だし、最近、死ぬ間際に何て言おうかなんてことよく考えるんだ、という息子の声が聞こえてきた
俺の血が流れている息子ないし娘がこの世にいる確率は0と言い切っても罰は当たらないくらい限りなく0に近いから、これは夢か、俺自身のデッチあげか、神様のヤラセだ
正直に言いましょう、おとうちゃんは数々の嘘を重ねてきました、今度は、二年か三年か四年前に死んだ親父の声だ、和解の手を差し伸べてきたのだろうか
親父のいる家の敷居は二度とまたぐものかと固く誓ったあの夜ことは今でもよく覚えている、覚えちゃいるがすべての敷居を勘定にいれれば一千万回はまたいだろう、敷居を枕に寝たことも何回かあった、小学校の低学年までは尊敬すらしていたのに、ある人に言わせると俺の後姿は親父に生き写しらしい、一般的には年を取れば取るほどに父親の気持ちが分かってくるらしいのだが、別に喧嘩したわけじゃないからな、和解も誤解も後悔もない
それに比べ母親は、一番大切な人だ、一番に愛した人ではないが断トツで好きだった人だ、唯一人心を許した人だ<当たり前か、オッパイ飲んだんだもんな>今も許しを乞いたい人だ、新派くさくなってきたが、おふくろが死んだ時、これで自由だ、誰憚ることなく変態になれる、と思ったのも事実だ
おっと息子を忘れていた、限りなく透明に近い存在の息子よ、死に行く時の捨てゼリフは決まったのかあ
僕って何?


おやじへ、の悪口はこれでおしまいの巻
 
 
いまだにおやじはキライだし
許せない
っていうか釈然としない
ただ、ずっと前から、時々、こんなふうに
考えることがあった
もしおやじと俺が入れ替わったら
<ぼくが彼女で彼女がぼくで>のような身体の入れ違いではなく
おやじが生まれた年に俺が生まれ
俺が生きた時代をおやじが生きたなら
俺はおやじよろしく
日光市議会議員選挙に六回立候補してことごとく落ち
おやじは俺がこのサイトに書いてるような詩を
脳ミソに描いたかも知れない

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